ひろゆき氏が発した以下のtweetが賛否入り乱れる議論を呼んでいる。
ひろゆき氏のtweetは意図的にスパイシーな表現を使ってはいるが、意味を理解すれば賛同される方は多いはずだ。
残業代を払えない会社が潰れた方が良い理由
まず”残業代を払えないような会社”とは、維持運営(従業員に払われるべき残業代も含む)のために必要な利益を生み出せていない、もしくは充分な利益があっても従業員に還元しない会社を指す。
どちらにせよ残業代を払えない(払わない)にも関わらず残業させているという時点で労基法上はかなりクロい。
さらに、残業代を払わない=本来掛かるはずの人件費を掛けていない=原価が法外に安いということは、生み出す商品の価格を普通ではありえないレベルで安く設定出来てしまうため他社との値下げ競争に勝ってしまう。
このとき価格競争に負けるのは、従業員に真っ当な給料を払っているために真っ当な原価を計上し、商品の価格を原価以下には下げられなかったという労基法上は優良な会社であり、それでも負けた以上は倒産するか撤退するか、はたまた従業員の残業代をカットしてクロい値下げ競争に加わるしかない。
というように、残業代を払えない(払わない)会社が存在するということが優良他社を巻き込んだ負のスパイラルを生み出しかねないのである。
では仮に、残業代を払えない(払わない)会社が潰れた場合はどうなるだろう。
まず、優良な会社は不当な値下げ競争に巻き込まれることが無くなり、同時にクロいライバル会社がいなくなるのだからシェアも広がり利益が増える。
増えた利益はさらなる品質向上や生産の効率化のための設備投資や研究費に充てられ、これによる収益性の向上によって従業員の給与はさらに増え、可処分所得が増えた従業員は家族を増やし養い、これが日本全体に波及すれば経済が好転していく。
このように、残業代も払えないようなブラックな会社が潰れることで同業他社や日本経済に良い循環が生まれると予測するのは難しいことではない。
的外れな反論
ひろゆき氏のtweetには概ね賛同の意見が集まっているが、中には”残業代が払えなくても雇用には貢献している””潰れたら失業する従業員が可愛そう”といった反論も寄せられている。
このような論理を欠いた”誰かのお気持ち”を勝手に察する意見が、当事者でもない第三者から”あたかもそれらしく”発信されてしまうところがSNSの恐いところである。
ブラック企業は雇用に貢献しているか
“ブラックでも雇用には貢献している”というが、そもそも残業代も払えないようなブラックな会社が潰れることで優良な会社が発展し、結果として高い給与水準でさらなる雇用を生み出すことになるのだから、ブラックな会社は雇用に貢献していたのではなく、もっと大きな雇用創出の機会を妨害していただけと見るほうが自然だろう。
また、”失業する従業員が可愛そう”というのも大きな間違いで、ブラックな会社が潰れた結果、生き残って拡大した優良な会社に経験者として優遇雇用されれば本人にとっては願ったり叶ったりである。
ブラックな経営しか出来なかった無能な経営者や、経験者であるにも関わらず同業他社に拾ってもらえなかった無能な従業員に関しては職を変えるか、もしくは生活保護を受けるというセーフティネットもある。
さらに言えば”可愛そう”とそれらしく嘯く方々にも一定の責務を負ってもらい、その方々に雇っていただくという選択肢もあるかもしれない。
セーフティネットの対象は企業ではなく人であるべき
政府が“日本経済の為”という理由で企業の株価を買い支えしたり、利益を出せない中小企業に補助金を出したり。
一見すると正しいことのように感じるかも知れないが、そのせいで伸びしろのない潰れるべき会社が生き残ってしまい、有能な従業員が飼い殺されてしまったり、有益な技術が世に出ずに埋もれてしまったりといった弊害を生んでいるのではないかと指摘する声は多い。
“政府の余計な干渉”が日本経済の新陳代謝を阻害しているのではないかという説である。
では、政府が本当に救うべきはどこなのかというと、それはおそらく企業ではなく個人であろう。
企業や会社はその時々の流行り廃り=需要によって形を変え、潰れ、また生み出されて行けば良い。
自由な経済活動の結果なのだから、無理やり干渉して新陳代謝を妨げる必要は無い。
反してそこで働く人の暮らしは流行り廃りなど関係なく続けていかなければいけないものであり、万が一生活が立ち行かなくなった場合に救いの手を差し伸べるのが政府のセーフティネットであるべきなのではないだろうか。
会社が潰れないように補助金を出して間接的に従業員を守らせるのではなく、会社が潰れて職を失った個人に対する失業保険や生活保護を受けやすくして、もしくはベーシックインカムを実現して生活を下支えすることで労働者の再起を促す。
セーフティネットが整えば企業は従業員を解雇しやすくなり、同時に優秀な人材を確保するために採用活動も活性化する。
人材が流動的に動けば年功序列ではなく能力評価の考え方が定着し、労働力への評価や待遇はよりフェアな形に整っていく。
そうなれば弱者からの搾取で成り立つブラック企業が生き残り辛い状況に変わっていくのではないかと思うのだが、今はまだ報われない努力を”美徳”という言葉で包み隠してしまう古い価値観が特に経営者世代に多いのは事実である。