建設費用が当初予定の2倍近くに膨れ上がって猛批判を浴びている大阪万博には著名人からも以下のような批判が寄せられています。
この国民世論の中で、大阪万博をこのまま強行するのはやめた方がいい。350億円もの“世界最大級の無駄遣いリング”が完成しても、待っているのは批判だけだ。そして解体した後に待っているのも批判だけだ。やめるなら今だ。世論に敏感なら、状況はわかっているはずだが・・・ https://t.co/4Gf5W3arEw
— 泉 房穂(いずみ ふさほ) (@izumi_akashi) November 13, 2023
混迷を極める議論が続く大阪万博問題ですが、論点を間違ったままでは奴らの思うつぼなのではないでしょうか。
まずは筆者の立場を明確にしてから書き進めたい。
筆者である私は、泉房穂氏の実績や考え、政治姿勢については基本的に共感、支持しています。
また大阪万博に関しては、このまま建設費用増大を言い値で受け入れることには断固として反対です。
350億円の木造建築「リング」について
大阪万博問題に触れるとまっさきに聞こえてくる「リング」については、ざっくり説明すると
・建設費350億円
・世界最大級の木造建築
・万博閉幕後に解体され木材は売却される予定
という大阪万博の象徴として建設が進むモニュメントのことを指します。
リングはその金額だけではなく、閉幕後に解体予定というフックが効いて多くの国民の注目を集め、批判の的になっています。
「350億円は高すぎ」
「350億円の日よけなんて要らない」
「取り壊しが決まっているものに350億なんて無駄」
といった論調の批判がワイドショーなどで連日取り上げられており、万博を推進する維新や国会議員からは
「万博の象徴として太陽の塔のような価値と役割がある」
「日よけとして役に立つ」
「壊すかどうかは決定事項ではなく検討中」
など反論が繰り広げられているわけですが・・・。
実はこのリング批判、大きなミスリードです。
論点ズレと時間稼ぎ
批判の矛先がリングに集中していますが、では例えば・・・
「取り壊しは止め、万博後もレガシーとして残します」
ということになれば、取り壊し=無駄だと騒いだ人々は納得するでしょうか?
「デザイン変更により建設費用を圧縮し175億円になりました」
ということになれば、350億は高すぎると騒いだ人々は溜飲を降ろすでしょうか?
そんなことはありませんよね。
「そもそも万博が〜!」と言い出して結局また騒ぎ出すのです。
要するにリングに関する是非の議論は万博開催の是非とは実は関係がない局所的な議論であり、リングの議論に時間を取られて何かしらの決着がついた頃には、万博計画は『引き返しても大損』という大きな分岐点を越えてしまっているかも知れないということなのです。
そうなってしまえば万博は「開催やむなし」とし、すべて言い値で押し切られる結果になるでしょう。
そしてむしろ「世間の注目がリングに向かっている間は安泰」として推進派は今、ほくそ笑んでいるのでしょうね。
議論の本質は費用増の妥当性と予算上限
そもそも大阪万博が大きな批判を浴びるきっかけとなったのは2倍近くに膨らんだ費用増の問題です。
当初予定の1250億円が2350億円と2倍近くに膨らんだ理由は世界的な物価高などの諸事情による『建築資材と人件費の高騰』と言われています。
では、本当にそうなのでしょうか?
もちろん多少なりとも影響はあったでしょう。が、増額分の100%が本当に建築資材と人件費の高騰に該当するのでしょうか?
どうせ増額するんだからいろいろと足し合わせて水増しするなら今しかないぞ!などと考えていませんか?
要は、リングというキャッチーな「一部分」ではなく、建設費用全体を把握した上での増額の妥当性を議論すべきなのです。
そして税金という形で費用を負担する大阪市民、大阪府民、国民が「総費用をここまでに収められるなら開催OK」という予算の上限を決めるべきなのです。
素人は細部を見るべきではない
プロの仕事に素人が口を出しても良いことは何もありません。むしろ細かい部分に固執した結果全体のバランスを崩してしまうというのは何の業界でも起こりうる素人発注の弊害としてみなさんもご存知でしょう。
「建設当初、太陽の塔は評判が良くなかった。」
という話がリングの議論で良く引き合いに出されます。
計画の真意や効果を推し量ることができない素人が目に見えるもの=批判しやすいものに飛びついて叩いたという例ですが、結果として数十年経った今は大阪の象徴として定着=プロの見立てが正しかったという結果があきらかです。
国民の大半がキャッチーなリング批判に踊らされ固執してしまっている今も全く同じ現象だと言えるでしょうが、全く持ってナンセンスです。
計画の詳細についてはプロに任せてください。
そして、我々国民はメインスポンサーとして費用の妥当性を検証し『GO』or『STOP』の判断だけに集中すべきなのです。
リングが大阪万博の象徴として必要だとプロが言うなら、きっとそうなのでしょう。
だったら、『他にどこを削りますか?』と突っ込むべきなのです。
そして『〇〇億円以内に収めないと中止しますよ』と迫るべきなのです。
繰り返しますが、著名人のキャッチーなSNS戦略に踊らされないでください。わかりやすい部分にだけ噛み付いたふりをするテレビを信じすぎないでください。そして大阪万博をきちんと正しましょう。